映画版『もののけ姫』は、作中で語られていない勢力関係や素性もあり、複雑で分かりづらいという面があります。しかしそれは“映画のなかで語られていない”というだけで、宮崎駿監督の頭のなかには存在しているようです。
今回は、そんな『もののけ姫』をより深く理解する上で重要なキャラクター、エボシとジコ坊の語られざる過去と設定を、書籍『「もののけ姫」はこうして生まれた。』にある宮崎監督が書いたメモからご紹介したいと思います。
エボシ御前
「辛苦の過去から抜けだした女。海外に売られ、倭寇の頭目の妻となり、頭角を現し、ついに頭目を殺し、その金品を持って自分の故郷に戻ってきた。ゴンザは、その時ついて来た唯一の配下。侍の支配から自由な、強大な自分の理想の国をつくろうと考えている。シシ神の森は誰の領地でもなく、シシ神に属している。その地を手に入れ、刃向かう猪神や山犬を退治すれば、ただの製鉄民ではない権力を手に入れうる場所にいる。」
エボシの凄絶な過去。これで彼女が豪胆な行動力を有し、神々を前にしても怖気づかず、タタラ場を率いる能力を持っている理由が明らかになったのではないでしょうか?
彼女が石火矢を持っているのは、倭寇の頭目の妻となっていた時のコネクションによるものであり、売られた女性を救っているのは、自身が売られた過去を持つからというわけですね。そしてゴンザがかつて倭寇であったという過去も明らかになりました。
ジコ坊
「非人の頭らしい。全国の情報を集め、裏側の商売に徹している。エボシのもたらした石火矢を配下にしこんで、エボシのタタラ経営に加担した。要するに傭兵の口入れ屋のようなものだが、本心はシシ神の首にある。エボシが独自の石火矢隊(女達の)を組織したことに危機感がある。乙事主が勢力を結集したことを好機として、森がタタラを攻撃している間に、天皇の書状と情報網で集めたジバシリ、悪党共と、自分の配下を組織して一挙にシシ神を殺そうとはかる」
この場合の「非人」とは、中世では神人=神の直属民や、供御人=天皇の直属民と呼ばれた人々を指しているそうです。さらに『「もののけ姫」はこうして生まれた。』著者の浦谷さんによると、こうあります。
なお、映画中に柿色の衣を着ている人々が登場するが、中世では、神人(神の直属民)、供御人(天皇の直属民)と呼ばれる人々が、黄色い衣や柿色の衣を着て、一般平民と区別されていたという。また、ジコ坊がシシ神殺しのために天皇のお墨付きを持ってくるが、例えば、古い大きな木を切る時に、宗教的権威である天皇家から勅許をもらって切れば、タタリがあったとしても天皇家に行く、というようなことが行われていたのであった。
これでジコ坊が何者なのか、エボシとの関係、天皇の書状を持っている理由がある程度明らかになりました。ただし、「なぜシシ神の首を欲しがっているのか?」という点は未だ判然としません。誰かの命なのか、個人的な事情なのか…また『師匠連』という存在の全貌も不明です。いまだ想像の余地がまだ残っている作品ですね。
■【追記】こちらもご参考にどうぞ:解説:『もののけ姫』のジコ坊とは何者なのか?
ちなみに、ジコ坊はイメージボードの段階では隻眼で、鉄作りの指導者・村下(ムラゲ)という設定だったそうです。(「製鉄作業は灼熱の鉄を見るために、目を痛める例が多かったらしい。神話的な世界では、隻眼の神、隻眼のイメージは製鉄民と結びついている。」とのことです。)
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