2023-10-30

「日本の漫画が大人気の一方でアメコミの売り上げは落ちている」という嘘について


「注目されて閲覧数と金が稼げれば事実じゃなくても関係ない」という卑劣な価値観が長年改善されないネット空間ですが、これにはどの娯楽や思想・政治信条等々も被害を受けています。アメコミもそのひとつ。特にSNSや質の悪いまとめサイトでは「日本の漫画が海外で爆売れ!一方アメコミは凋落している!」という意見が定期的に散見されます。

まず結論から書きますが、嘘です。後述しますが、事実は「北米では日本の漫画もアメコミも2022年までは売り上げが上昇しているが、漫画は2023年1月から8月時点では売り上げが減少している」です。

なぜ「アメコミは日本の漫画に押されて売れなくなった」という、データを見ればすぐバレる嘘を広めるのか全く理解できないのですが、ある意味「この程度でもコイツら信じるだろ。どうせデータなんか見ないし」という形でナメられてるのではないでしょうか。何か政治的な思惑で日本人をそのように誘導したいのでは?という意見もあるのですが、なんにせよ、それを信じていずれ大恥かくのは日本人なので大変迷惑です。

というわけで、アメコミと言えば当然アメリカですので、北米での漫画とアメコミの売り上げのデータを見ていきます(一部世界の売り上げも含みます)。参照するサイトはICv2(https://icv2.comです。(ICv2はCircanaが収集した書籍売り上げのデータを毎月公開しています)


2013年から2022年までの売り上げ



まずは分かりやすいインフォグラフィックから。2013年から2022年までの北米での日本の漫画含むコミック全体の売上推計です。



ご覧のように、2021年から急激に売り上げが急増しています。詳細は出典URLから飛んで確認していただきたいのですが、売り上げの急増にはコロナ禍が関係しているのでは?と推測されています。そしてこのインフォグラフィックのある記事内の重要な部分を引用します。以下は2022年の状況です。

The growth was entirely in graphic novels; comic sales were flat and digital comics sales were down a bit, Griepp noted.  "It’s staggering that after growing 76% in 2021, graphic novels were able to continue the sales up-trend for another year," he said. 

(中略)

Manga, Author, and Superhero sales all grew about the same amount, 9-10%.


訳しますと、「成長したのはすべてグラフィックノベルである; コミックの売上は横ばい、デジタルコミックの売上は少し減少した。 "2021年に76%の伸びを示したグラフィックノベルが、さらに1年間も売上増加傾向を維持できたことは驚異的だ"と同氏は述べた」「マンガ、作家(Author)、スーパーヒーローの売上はすべてほぼ同じ伸びで、9~10%の伸びだった」と書いてあります。

使用されている用語について補足しますと、「グラフィックノベル」とは、過去様々な意味で使用されてきた用語なのですが、現在では日本で言う単行本形式のコミックを指すようになりました。ここが重要なのですが基本的にアメコミ(特にスーパーヒーローモノ)は1話1冊で販売されることが多く、その後に「グラフィックノベル」としてまとめられて販売されることがほとんどなのです。ですから、北米では「グラフィックノベル」と「コミック」の意味が異なっていることがあります。つまり、まとめられたものがグラフィックノベル、1話1冊モノがコミックと呼ばれる場合です。そして売り上げのデータもそれぞれが別カテゴリーとなっている事が一般的です。ここを見誤ると「日本の漫画爆売れの一方でアメコミ終了wwwww」と言った間抜けな勘違いを起こすことになります。

このカテゴリーの違いは、例えばこのような形で表示されます。



それを踏まえて先程の文章を見ますと、「コミックの売上は横ばい」とは、1話1冊のアメコミの売り上げを指しています。つまり、2022年は1話1冊のアメコミには特に変化はなかった事になります。(ちなみにこの形式のアメコミは通称「フロッピー」または「パンフレット」と呼ばれているそうです)

そして「Manga」はそのまま日本の漫画の翻訳版のグラフィックノベル。「Author」とは要するに非スーパーヒーローモノの作品で、そのグラフィックノベル。そして「Superhero」は皆さんがよく知るDCやマーベル他のヒーローモノのグラフィックノベルを指していることになります。

それらが「9~10%の伸びだった」と書いてありますので、いずれも売り上げは上がっていることになります。漫画もアメコミもグラフィックノベル形式では売り上げが上がっているのですから、日本の漫画の影響でアメコミの売り上げが落ちたという事実はありません。

※ちなみに日本の漫画は北米でも1話1冊で販売されることはありません。データ上の売上はすべて「グラフィックノベル」形式として集計されています。


2023年1月から8月までの漫画の売上状況



では、2023年はどうなっているのか?ICv2の記事から引用しますと、2023 年 1 月から 8 月までの漫画の売上は以下のような結果だそうです。

Much of the slide in graphic novel sales is in the adult category, with manga leading the way. Again, though, the figures are relative: Year-to-date manga sales are down 27% from 2022 but up 351% from 2019. 


訳しますと、「グラフィックノベルの売上減少の多くは成人向けカテゴリーで、マンガがその先頭を走っています。しかしながら、繰り返しますが、この数字は相対的なものです:マンガの累計売上は2022年比で27%減少しているが、2019年比では351%増加しています」とあります。

つまり、2023年8月までの漫画の売り上げは減少しています。記事内では好意的にフォローしてくれておりますし、グラフィックノベルのみの市場では50%のシェアがあるそうなので、やはり人気が急激に上昇したことは事実なのですが、アメコミを駆逐しているという状態ではないようです。


【参考】コミックショップでの漫画とアメコミの販売数と売り上げランキング



対する「アメコミ」の2023年の売り上げはと言いますと、まだデータは公表されていないようです。しかし、少なくとも2023年9月までのコミックショップにおける各月のグラフィックノベルのランキングTOP20は公開されておりますので、まずは9月の結果を15位まで転載します。

※海法 紀光様よりご指摘いただきましたが、(海法様、ありがとうございます)こちらには日本の漫画を置いている一般書店の売り上げが加算されていないため、正確な漫画とアメコミのランキングではありません。不正確な記述をしてしまい大変申し訳ございませんでした。そして速やかに一般書店での売り上げを合わせたランキングを探してみましたが、どうやらそのようなデータは公表されないようです。よって、こちらは「参考データ」として掲載させていただきます。

それでは、まずは2023年9月の販売数ランキングです。(ComicHubシステムを利用している世界各国のコミックショップ 125 店のからのデータによるもの)



このように、日本の漫画は11位に「僕のヒーローアカデミア」、15位に「ドラゴンボール超」が入っていますが、他はほぼスーパーヒーローモノです。漫画は特段アメコミを圧倒していません。

ですが、このランキング、2位、3位、4位を見てみますと、ワンオペジョーカー、ジャスティスバスター、スーパーマン vs飯、が入っています。これは日本の漫画家が描いたDCヒーローモノの特別版です。と、なると…これはどうカテゴリー付ければいいのでしょう?(笑)

次は売上ランキングです。



売り上げでは漫画は1冊も入っておりません。

念のため、2023年8月のグラフィックノベルのランキングも見てみます。まず販売数から。こちらも15位まで、集計方法は9月と一緒です。



日本の漫画は11位に伊藤潤二先生の双一、14位にチェンソーマンが入っていますが、他はほぼ「アメコミ」となっています。

次は売上ランキングです。



売り上げの場合も11位に伊藤潤二先生の双一が入っておりますが、これのみです。やはり日本の漫画は圧倒していません。(他の月も同様な状況で、数冊はランキングに入りますが、それだけです)

※追記:10月のランキングも公開されましたので、追加します。10月の販売数ランキングには15位以下にも漫画が入っていたため、20位まで転載します。集計方法は9月と一緒です。



10月は2位にチェンソーマンが入っている健闘を見せましたが、他は18位にチェンソーマンの1巻、19位に怪獣8号の3冊のみでした。

次は売上ランキングです。(15位までに留めておきます)



こちらでは6位にチェンソーマンの11巻、9位に同じくチェンソーマンの全11巻セットが入っておりますが、他の漫画は無しでした。

以上、これらは一般書店での売り上げと販売数を合わせていないランキングであるため、正確なランキングではありませんが、少なくとも漫画とアメコミの両方を販売している各国のコミックショップにおいては、漫画がアメコミを圧倒しているという事はないと言えます。

そして前述しましたように、アメコミはグラフィックノベル化の前に1話1冊で売られており、こちらはまた別のランキングになりますので、これらを合算した場合のアメコミの売り上げと販売部数はさらに異なるものになります。(割愛しますがcomichronの推定で見たところ、特にこちらも販売数の減少は確認できませんでした)


以上、データと記事からの判断の結果、北米では日本の漫画は2021年からグラフィックノベル部門で急激にシェアを伸ばしましたが、対してアメコミが売れなくなったという事実はありませんでした。また、2023年1月から8月までの漫画の売り上げは減少しているのが現状です。



「アメコミ」は一般書店では売っていない。北米のコミック事情



最後に、「北米の書店ではアメコミがなくなって代わりに漫画の棚が激増!」という与太話を某旧ツイッターで定期的に見かける件ですが、これを喧伝しているのはだいたい同じ人、兼光ダn 某氏でいらっしゃいますが、意図は不明ながら、おそらくそれが悪質な曲解だと知っていてやっているようです。

既に多くの方がリプライで突っ込んでいますが、そもそもアメコミは北米においては一般書店ではほとんど売られていません。ではどこに売っているのかと申しますと、アメコミの専門ショップです。

ですので、アメコミが日本の漫画に追いやられたわけではなく、元々そのような棚は一般書店にはないか、あってもごく僅かなスペースにしか存在していません。日本の漫画が一般書店にも売られているのは、単純にアメコミと同じ流通・販売ルートを避けたためだと思われます。

ちなみに北米にアメコミ専門ショップの数はいくつあるのか、という点ですが、2500店以上あるそうです。
(他の調査では3550店以上とのデータも)
これがどのくらいの規模なのかはX上でラジアクさんが言及しておりましたので、以下、添付いたします。





それでは、本当の最後に、元URLから記事とデータをご覧になってお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、そもそも日本人に比べて北米の方々はコミック自体をあまり読みません。ですので、「日本の漫画が爆売れ!」というのも、割とこじんまりとした市場シェアの話なのです。よって日本人が独り相撲で大歓喜できるような状況かどうかは疑わしいと思います。

そしてアメコミは日本の漫画に劣ることなく最高に面白い!ですので、漫画に比べるとちょっとお高いですが、なんなら我々日本人がたくさん買って市場拡大に貢献するのも一興かと思います(スマホを駆使すれば原書も楽に翻訳できますし)。我が国は「マンガ大国」とか自称してしまってるわけですから、世界のコミックについて全然知らないというのは相当な片手落ちではないでしょうか?

日本人の見ているアメコミは誇張でなく本当に全体像の10%にも満たないです。言うまでもなく、アメコミにも問題点や欠点、理解しづらい奇妙なこだわり、駄作が存在するのですが、日本人の知識はそれを語れる段階には全く達していません。(ゆえに間違いだらけの某〇〇〇〇侍が信頼できる情報源扱いになってしまう始末…)邦訳版も少なすぎます。

”日本の漫画のほうが面白いに決まってる(ただし読んだことはない)” ”アメコミはポリコレで衰退うんたらかんたら~(ただし読んだことはない)” 
……向こうの方々は読んで判断しているのに、こっちはそんな状態で良いのですか?


結論:どうにかしてアメコミが売れなくなっている事にしたい変な人を見かけても、良識のある方々はそっと無視しておきましょう。そして他の国での売り上げ状況は…どなたか調査お願いします(笑)。おそらくフランスではかなり漫画は売れていると推測されますが、実態はどのような状況でしょうか。