2017/04/24

『スタジオジブリ』という名称は宮崎駿の勘違いから生まれた!


映画『風の谷のナウシカ』は、厳密に言うとスタジオジブリ作品ではありません。当時はまだスタジオジブリという会社が存在していなかったのです。ですから、制作は『トップクラフト』という会社でした。スタジオジブリが発足したのは、ナウシカ公開後なのです。書籍『ジブリの教科書2 天空の城ラピュタ』によると、こうあります。

 『ナウシカ』公開間もない、一九八四年、春、徳間書店『アニメージュ』副編集長だった鈴木敏夫は編集部を代表して、徳間所長に、徳間書店自体が制作スタジオを所有することを提案。徳間社長の快諾を得て、六月には同社が所有していた休眠会社を利用し、アニメーション制作のための新会社が発足した。
 これが“スタジオジブリ”の発足である。

実は、この『スタジオジブリ』というネーミングは、ある勘違いから生まれたものです。同書の鈴木敏夫プロデューサーによると、このような経緯だそうです。

 スタジオの名前をめぐってはいろいろな案があったのですが、宮崎駿が決めました。
「イタリアの軍用偵察と機にジブリっていうのがある。スタジオジブリがいい」
と、みんなにアルファベットで書いてみせたんです。言語に強い高畑さんが「宮さん、これ、正確にはギブリって発音するんじゃないか」と抗議したんですが、宮崎さんは「いや、俺のイタリア人の友達がジブリだと言ってる」と言い張り、世にも珍しい名前のスタジオが誕生するんです。後にギブリが正しいと判明し、世界の人はみな「スタジギブリ」と呼ぶのですが、後の祭りでした。

というわけで、この日本一有名と言えるアニメーション制作スタジオは、宮崎さんの勘違いから生まれたものでした。『ghibli』が本当はギブリと発音するというのは、公式サイトにも書いてあるのですが、誰が間違えたのかと思えば、この人でした(笑)。しかし、この場合、宮崎さんが悪いのか、友人のイタリア人が悪いのか!?でも日本人的には「ギブリ」よりも「ジブリ」の方が言いやすいので、これで良かったかもしれませんね(?)

ちなみにこの有名なジブリのロゴマーク。

このマークが映画の冒頭に出始めたのは「おもひでぽろぽろ」からです。

ジブリの教科書2 天空の城ラピュタ (文春ジブリ文庫)
ジブリの教科書2 天空の城ラピュタ (文春ジブリ文庫)スタジオジブリ,文春文庫

Amazonで詳しく見る
風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡 (文春ジブリ文庫)
風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡 (文春ジブリ文庫)宮崎 駿

Amazonで詳しく見る


【こちらも併せてどうぞ】
どうしてジブリはプロの声優を使わないのか?その理由。

宮崎駿が目指す理想のジブリ美術館とは?ジブリ美術館はなぜ撮影禁止なのか?

ジブリ飯が美味しそうな理由は『宮崎駿の弁当箱』にある!宮崎駿の食べるものとは!?



0 件のコメント:

コメントを投稿