2020-12-03

宮崎監督、鳥に「飛び方がまちがってる」とダメ出しする!その気難しさと、そこに隠された深いアニメ論。


スタジオジブリの関係者の方々が口を揃えて言う宮崎駿監督の気難しさ。作品は天才的ですが、どうも同じ仕事をする人としては、付き合うのに相当の根性が必要な人らしいのです。今回は、スタジオジブリのアニメーター・動画チェックとして長年働かれていた舘野仁美さんの著作『エンピツ戦記 - 誰も知らなかったスタジオジブリ』より、宮崎監督の気難しさが分かるエピソードとともに、そこに隠された深いアニメ論をご紹介します。

以下、『エンピツ戦記』より抜粋です。

『魔女の宅急便』(1989年)公開の制作中に。こんなことがありました。
 宮崎作品の醍醐味といえば、なんといっても飛行シーンでしょう。宮崎さんが飛行機に対して格別の思い入れがあることはよく知られていますが、鳥の飛び方へのこだわりも、人一倍強いのでした。
 ほうきに乗って空を飛んでいるヒロイン・キキが雁の群れと出くわすシーン。そのシーンの原画を担当していたのは二木真希子さんですが、ある日、宮崎さんは大声で二木さんを呼びました。
 「どうしてこんなふうに描いたんだ!!前におれが言っただろう」。鳥の飛び方はこうじゃないって!!
 二木さんは反論しようと試みていましたが、厳しい口調でまくし立てる宮崎さんの勢いに気圧されて、黙り込んでしまいました。
 二木さんは実力があって研究心旺盛なアニメーターで、とくに動物や植物の描写には定評のある方です。鳥の生態にも詳しく、傷ついた野鳥を保護して傷が治るまで世話をして、また放野したりするような人です。宮崎さんもそんな二木さんの仕事を高く評価していました。この雁の群れのシーンも、二木さんはきちんと研究した上で、その成果を表現していたのだと思います。

二木真希子さんの自然に対する観察力と素晴らしい作画は、彼女が描いた作品である『世界の真ん中の木』でもいかんなく発揮されています。野鳥の保護までしていたという二木さんの観察眼は、信頼できるもののはずです。それでも宮崎監督は気に食わなかった様子。どういうことなのでしょうか?宮崎監督の特殊性が現れるのはここからです。以下、続きます。

 では、なぜ、宮崎さんの気に入らなかったのでしょうか?その謎は数年後にとけました。
 1994年の秋に社員旅行で奈良を訪れ、猿沢池のほとりを歩いていたときのこと。その鳥の種類がなんだったのか覚えていないのですが、池には水鳥の姿が見えました。たまたま近くに宮崎さんがいたのですが、空から舞い降りて翼をたたんだ一話の水鳥に向かって、宮崎さんはこう言ったのです。
 「おまえ、飛び方まちがってるよ」
〈えええーっ!?〉
私は心の中で驚きの声を上げました。本物の鳥に向かっておまえの飛び方はまちがっているとダメ出しする人なのです。宮崎さんは、現実の鳥に、自分の理想の飛び方を要求する人なのです。

宮崎監督、恐ろしい人です。そしてもし二木さんが怒られた理由が「宮崎監督の理想の飛び方になっていなかったから」だとしたら、もうどうしようもありません(笑)。どうやってこの人に付いていけば良いのか!普通の人なら参ってしまうでしょう。しかし、舘野さんはこう続けます。

 いろいろなことが腑に落ちた瞬間でした。
 宮崎さんが口癖のようにスタッフに言っていたのは「写真やビデオ映像を見て、そのまま描くな」ということです。「資料を参考にして描きました」と語るアニメーターたちに、宮崎さんが厳しく接する場面を何度も目にしてきました。
 写真やビデオを見て描くような、そんな浅いところではダメなのです。ふだんから、人間も動きはもちろんのこと、植物や動物、波や風、火、あらゆる自然現象、森羅万象に興味をもってよく観察して、記憶して、いつでもその動きを表現できるようになっているのがアニメーターなのだ、という確固たる信念のもとに宮崎作品はつくられているのでした。しかも宮崎さんは、ただ現実をそのまま描くのではなく、現実の向こうにある理想の「リアル」を描くことを探求しているのです。
(中略)
 本物の鳥に向かって、「おまえの飛び方はまちがっている」とつぶやく宮崎さんを見て、宮崎さんの創作の秘密を垣間見たような気がしました。と同時に、宮崎さんが私たちスタッフに求めているもののレベルの高さに愕然としたのでした。

宮崎監督の厳しさの裏にあるアニメ論、とても興味深いものです。写真やビデオを見て描くだけでは足りない、それを超えた理想の「リアル」を描かなければいけない。そしてそれを自分以外のスタッフたちに求めるレベルの高さ。ジブリ作品がなぜハイレベルな作品を生み出せるのか、それがよく分かるエピソードとなっていると思います。

とはいえ、この要求の高さに付いてこられる人はおそらく限られるでしょう。すべてをアニメーションに捧げられる人でないと無理なのではないでしょうか?仕事論としては素晴らしいものの、実際にそれを皆が行えるかどうかは難しいところでしょう。それでも、このレベルをクリアしなければ、宮崎監督のような素晴らしい作品たちは作れないのかもしれません。宮崎監督、本当にハイレベルで同時に気難しい方です。

他にも、舘野さんの『エンピツ戦記』には興味深い話がたくさん書かれています。興味のある方はぜひご覧になってみてください。