2021-12-20

フィンランドは本当に「サンタクロースの本場」なのか?


クリスマスといえば、言うまでもなく「サンタクロース」が主役のイベントですよね。



クリスマスの代表的人物と言えるサンタクロースですが、なぜかフィンランドが「本場」と言われている記事を毎年よく見かけます。

しかしサンタクロースとは、元々は3世紀頃のトルコで司教を務めていた「聖ニコラウス」が時代と国を経て変形していき、アメリカで花開いた存在です。ですから、どこが彼の誕生の地・本場なのかを特定するのは極めて難しい存在のはずです。(私見を言うならば、強いて言えば私はアメリカが「本場」だと思います)なのに、なぜフィンランドが「本場」とされるのでしょうか?

その答えは、クリスマス、特にサンタクロースに関連する書籍にアッサリ書いてありましたので、ご紹介致します。


フィンランドはいつから「サンタクロースの国」を名乗り始めたのか?


さて、フィンランドは「サンタクロースの本場」なのでしょうか?さっそくですが、単刀直入に、書籍『サンタクロースの大旅行』(著:葛野浩昭)の該当箇所を引いてみます。

一九八〇年代以降、フィンランドが自らを「サンタクロースの国」だと宣伝し、海外から観光客を引きつけるための目玉としてサンタクロースを重要視するようになると、世界的に通用するアメリカン・サンタクロースの方がいよいよ全面に出てきて、小人たちはサンタクロースのお手伝いといった存在になってしまいます。

フィンランドが自らを「サンタクロースの国」だと宣伝し始めたのは1980年代以降だそうです。ここで重要なのは、直接的に「サンタクロースの国」というのは「自称」であると書かれている点です。では、いつからそのように名乗りだしたのでしょうか?以下、同書からの引用です。

ジャズ・エイジのアメリカン・サンタクロースが北欧に上陸して間もない一九二七年、フィンランドのラジオのクリスマス番組で、マルクスという名の男性が「サンタクロースはラップランドの奥深く、コルヴァ・トゥントゥリに小人さんたちやトナカイたちといっしょに住んでいます」と語りました。
(中略)
しかし、コルヴァ・トゥントゥリは、フィンランドの北極圏地域に広がるラップランド県(正式にはラッピ県)の北東部の奥地にあって、しっかりした道路も繋がってはいません。そこで、サンタクロース目あてでフィンランドを訪れる観光客が増えてきた一九八四年、ラップランド県の最南部にある県都ロヴァニエミ市(人口約三万人)の観光業者たちは、サンタクロースにロヴァニエミまで二〇〇キロも「引っ越し」してくれるように要請することになりました。市街地の北の端、ちょうど北極圏への入り口にあたる北緯六六度三三分の地の原野が切り拓かれて、サンタクロース村という観光センターが建設されたのです。

なんと特にこれと言った後ろ盾があったわけではなく、ひとつのラジオ番組がきっかけでした。これが後々大きくなっていくのですから、きっかけというものは分からないものですね。

ちなみに、ここで言及されている「コルヴァ・トゥントゥリ」なる地がなぜサンタの住む場所とされたのかというと、そこには当時のフィンランドが抱えていたロシアとの領土・独立問題が絡んでおり、サンタクロースにゆかりがあったというわけではなかったそうです。直接的ではありませんが、フィンランドがなぜ「サンタクロースの国」を自称するのか?というのも、この領土・独立問題が理由の一端としてあるようですが、確定的な理由ではありませんので、ここでは深く言及せずにおきたいと思います。(詳細は書籍『サンタクロースの大旅行』に書かれておりますので、興味のある方は是非手に取ってみてください。)

※何度か言及されている「アメリカン・サンタクロース」につきましては、当ブログの何だか大変なことになってる「本物のサンタって何?サンタってどこに住んでるの?」な問題でも触れておりますので、気になる方は是非どうぞ。


フィンランドのサンタクロースは「ヨールプッキ」を変形させたもの


もうひとつ、フィンランドのサンタクロースに関しまして、非常に面白いポイントが書籍『12月25日の怪物 謎に満ちた「サンタクロース」の実像を追う』(著:高橋大輔)に載っておりましたので、引用してご紹介致します。以下は、著者である高橋さんとフィンランドのサンタクロースに紹介された「サンタクロースの友人」との会話です。

「サンタクロース村はいつからあるのですか?」
太ったマウリさんがテーブルに肘をついたまま答えた。
「一九九二年からです」
「思ったより新しいのですね」
わたしはたたみかけるように次の質問をした。
「村ができる前もサンタクロースはいたのですか?」
「ええ。サンタはコルヴァントリという丘で暮らしていました。実は今もそこに秘密の住処があります。オフィスがあるロヴァニエミの村とは別にね」
(中略)
わたしはフィンランドのサンタクロースについて尋ねてみた。
「どのくらい昔に遡るのですか」
それまでのやりとりをじっと聞いていた白ひげのエサさんが口を開いた。
「起源はずっと古いのです。ヨールプッキの風習は一〇〇〇年も前からあったという人もいます」
「サンタクロースの古い形がヨールプッキなのですか?」
「両者は同じです。今でもわれわれはサンタクロースをヨールプッキと呼びます。しかし昔は随分と違う姿形をしていました。老人ではなかったのです。」
「老人ではなかった?」
「ええ。ヤギでした」
「ヤギ!」
驚くわたしを前にエサさんは淡々と続けた。
「ヨールプッキのヨールはクリスマスという意味で、プッキはヤギです。つまりクリスマスのヤギなのです。正確に言えば角と毛皮を身につけたヤギ男です」
わたしはさらに驚いた。
「ヤギ男がプレゼントを届けるのですか?」
「その通り。よい子にはプレゼントを。悪い子にはプレゼントはありません」
隣でじっと話を聞いていたマウリさんが続けた。
「フィンランドのヨールプッキは時代とともに変わりました。今では赤いコートに白いひげの老人の姿をしていますが、ルーツをたどればヤギ男に行き着くのです」
「ヤギ男は今もいるのですか?」
わたしは二人の顔を見た。
「残念ながらもういなくなりました」

ここではフィンランドにあるサンタクロース村が意外と新しい場所であるという興味深いポイントもありますが、重要なのは「ヨールプッキ」なる存在です。「フィンランドのサンタクロース」は元々はヨールプッキなる“ヤギ男”だという重要な情報が書かれています。つまり最初にフィンランドにいた存在はサンタクロースではなかったということです。

そしてこのヨールプッキなる存在、言葉では具体的にイメージしづらいと思いますので、他ならぬ著者の高橋さんのブログからその姿を引用致します。これがヨールプッキです。


ご覧の通り、サンタクロースとは全く似ても似つかない風貌です。このような存在が元々はフィンランドのサンタクロースだったとは、一体どういうことでしょうか?

ヨールプッキとクリスマスはどんな関係にあるのだろう。
わたしの疑問にエサさんが答えた。
「もとは冬至のお祭りでした。ヤギ男は昔の名残なのです
「冬至? クリスマスではなかったのですか」
「時代が移り変わりヨールプッキも変化しました」
エサさんに導かれ、隣のコーナーでわたしは唖然とした。
やさしそうに微笑む老人の仮面をかぶり、身体を動物の毛皮で包んだ怪物が展示されている。
「これもヨールプッキです」
「なぜ老人の仮面をかぶっているのですか」
「聖ニコラウスの影響です」
顔つきが聖ニコラウスで体がヤギ男のその姿はちょうど過渡期に当たるものだという。つまりヨールプッキはヤギ男から老人の聖ニコラウスを経て、現在のサンタクロースへと姿を変えてきたらしい。

冬至がクリスマスに取って代わられてしまったという事実も非常に面白い事実ですが、ここには言及しないでおきます。(興味のある方は是非『12月25日の怪物 謎に満ちた「サンタクロース」の実像を追う』をお読みになってみてください)このように、フィンランドのサンタクロースとは、ヨールプッキを後付でサンタクロースに変えてしまったものであり、言い換えればサンタクロースではなかったものを半ば強引にサンタクロースに変えてしまった存在なのです。

以上見ていただいた通り、フィンランドが「サンタクロースの本場」という言葉は、紐解いてみれば特に強固な根拠や伝承があったわけではなく、フィンランドはあくまで「サンタクロースが住む国を自称している国の一つ」に過ぎないと言えます。最初に申し上げました通り、サンタクロースという存在の成立過程を辿る限り、どこがサンタクロースの誕生の地・本場なのかと特定するのは極めて難しいと思いますので、どこが「本場」「本物」と決めるのはではなく、自由に楽しむべきであると私は考えます。





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