2022-01-06

『千と千尋の神隠し』の千尋は「ブス」として描かれている(だから素晴らしい)


『千と千尋の神隠し』の主人公である千尋。あなたは彼女を「美少女」だと思うでしょうか?私はお世辞ながらもそのようには思えません。それはこの画像の表情にも如実に現れていると思います。

ムスッとしていてイジケていて、可愛げがない子。顔つきも他のジブリ作品の女性キャラに比べて明らかに可愛く描かれていません。特に物語の序盤では明確にそのように描かれています。そしてそれは事実「可愛くない子」という意図を持って描かれていることによるものです。宮崎監督は書籍『ロマンアルバム 千と千尋の神隠し』にて以下のように言っています。

宮崎 これまでジブリ作品というのは、現代をこう思うとか、ややこしい話が多かったんですけど、この作品にはそういうものはありません。僕の10歳くらいの小さな友人たちに「あなたたちのために作った作品だ」って本当に言えるものを作ったんです。
(※ブログ主補足:10歳くらいの友人たちとは、通称「山小屋と呼ばれる宮崎監督の仕事場に、毎夏遊びにくる友人の娘さんたちのこと」)

(中略)

――主人公・千尋は、監督の幼い友人たちがモデルになっているのですか?

宮崎 モデルというか、ある部分はそっくりですけど、ある部分は全然似ていないです(笑)。

――その似ている部分というのは。

宮崎 ブスなところとか(笑)。

さらに完成披露会見ではこのように言っています。

この女の子はグズなんです。実際の時間でやってしまうと、何時間あっても映画が進まないんです。グズにくっついて行く映画ですから、作っている方はイライラしますね。

(中略)

大概にして途中でグズをやめてもらいました。

ブスでグズ、かなり辛辣な言葉で表現されています。しかし、これが物語において非常に重要な意味を持つのです。そう、作品を観た方なら分かるように、千尋は物語の中で成長します。そして、それとともに態度と表情が変わっていくのです。

動画チェックを担当した舘野仁美さんは書籍『ロマンアルバム 千と千尋の神隠し』にてこのように言っています。

――これまでずっとジブリ作品に関わってきた舘野さんですが、今回の『千尋』に関しては、まずどんな印象を持ちましたか?

舘野 最初に思ったのは、キャラクターが今までの雰囲気とは大分違うなということでした。安藤(雅司)さんが描いたキャラクターが、ギョロッとした目で痩せっぽちの、あまりかわいらしくない少女という設定だったので。宮崎さん流に言えば、働いたり、いろんな人と触れ合っていく中で、だんだんかわいらしくなっていくというもくろみがあってのことだったらしいんですけど、最初はちょっと驚きました。

実際、宮崎監督は書籍『ロマンアルバム 千と千尋の神隠し』など、いくつかの資料に載っている「不思議の町の千尋――この映画のねらい」にて、以下のように書いています。

困難な世間の中で、千尋はむしろいきいきとしていく。ぶちゃむくれのだるそうなキャラクターは、映画の大団円にはハッとするような魅力的な表情を持つようになるだろう。世の中の本質は、今も少しも変わっていない。言葉は意志であり、自分であり、力なのだということを、この映画は説得力を持って訴えるつもりである。

この監督の言葉通り、千尋の態度と表情は物語が進むにつれて変わっていくのです。


物語が進むにつれて、千尋の顔は実際に可愛く変化しています。書籍『『千と千尋の神隠し』を読む40の目』に収録されている、作画監督の安藤雅司さん、高坂希太郎さん、賀川愛さんの対談において、事実以下のような点が明かされています。

――バストアップ程度のサイズで、表情をじっくり見せるカットが多かったと思うんですが、特に気を配ったキャラクターというと誰になりますか?

安藤:それは千尋でしょうね。

賀川:結局、全部(修正)入れてるんでしょう?

安藤:全部入れていると思います、千尋に関しては。途中で眼が大きくなって行きましたけど。

――中盤あたりから眼がだんだん大きくなっている気はしました。可愛くなって行ったような。

安藤:ある程度バランスをとっていると、可愛いバランスを取ろうとしちゃう。眼が随分大きくなって来たなぁと自分でも思いました。最初の頃の修正では小さい眼を描いていましたから。それでも今までのキャラクターに比べれば眼は小さいと思いますが。

――今までの縦長の眼ではなく、丸に近いような。

安藤:最初の頃は横長を意識して描いて、修正を入れていたんですけれど、段々変わって行きました。

賀川:段々と千尋の顔つきがいい方向に変わっていったでしょう。あれは良かったよね。

舘野さんも『ロマンアルバム 千と千尋の神隠し』にてこのように言っています。

――千尋の描き方は、冒頭と物語のラストのほうではずいぶん違う印象がありますね。

舘野 意図的ではないと思いますが、結局描いているうちに変わっていったというのはありますね。最初はギョロッとした目の、ひょろひょろっとしたした子だったのが、だんだんふっくらしてきて、目が大きくなって、いわゆる宮崎さんの描くヒロインに限りなく近くなっていったので。

『千と千尋の神隠し』が素晴らしい理由の一つとしては、まさにこの点にあります。「美少女ではない主人公」を描いたこと、その上で、人は心の変化によって美しく変われるのだ表現したこと。


この作品が多くの人に愛される理由は、この点にもあるのだと思います。





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