2023-04-05

雲研究者・荒木健太郎さんによる『天空の城ラピュタ』に登場する「竜の巣」についての科学的考察を、さらに噛み砕いて説明してみた!


『天空の城ラピュタ』に登場する、ラピュタをその身に隠した巨大な雲の塊「竜の巣」。


作中では、とても危険で広大な空間として表現され、パズー&シータとドーラ一家のラピュタ到着を大きく阻む障害として描かれています。

そして、パズーにとっては非常に意味を持つ幻影を見るシーンでもあります。


竜の巣は具体的にはどういう構造で成り立っているのか、(もちろん)作中では深く語られませんし、その点を理解していなくても作品は十分に楽しめます。ですが、作中の台詞からは、ラピュタ人が自らの住処を隠すために高度な科学力で生み出した産物であると解釈できるようになっています。

では、あれは高度な科学力による架空の気象現象であって、現実には存在し得ないのか、といえば、そうでもないようです。竜の巣は現実にも存在できるようなものなのか?その問いに対して、科学的見地から考察を試みた方がいます。雲研究家の荒木健太郎さんです。以下、荒木さんのツイートです。


ツイートをブログに貼り付ける形式ではやや小さくて見えないかと思いますので、荒木さんがツイートした画像をここに転載させていただきます。(クリックorタップで拡大できます)


以下、画像上部に書かれている文章をここに書き出します。

“竜の巣に”ついての科学的考察
構造的には古典的スーパーセル(Classic Supercell)と考えられる。ただし映像中に目立った降水粒子が見られないことから、低降水型スーパーセル(Low-Precipitation Supercell)である可能性もある。

以下は画像下部にある注釈文です。

※雲全体が反時計回りの回転をしており、北半球における低気圧性回転と考えられる。ドーラ氏は「貿易風をつかまえれば···」と発言しているが、おそらく中緯度における偏西風の誤り。たぶんテンションが上がって言い間違えた?

※本解析は「竜の巣」という巨大積乱雲に着目し、映像解析と証言からその構造と環境場を調べたものである。科学的整合性を保つため、本解析では雲内の静穏な空間構造は無視する(台風の眼であるという考察もなされている)。

……なるほど。わからない。

いや、おそらくこれでも分かりやすく解説されているのでしょうけれど、私のようなド素人には、文章の全体的な構造としては理解できるのですが、個々の用語がよく掴めません。これだけを見て理解するのは難しそうですので、ここは大人しく荒木さんがツイートで紹介されている著書『もっとすごすぎる天気の図鑑』を見ることにします。




この書籍では前掲と同じ画像とともに、以下のような文章で竜の巣が解説されています。

 国民的な映画『天空の城ラピュタ』(スタジオジブリ)には、竜の巣という大きな雲が登場します。そこで、竜の巣がどんな雲か、科学的に考察してみます。
 まず、竜の巣の雲全体が反時計回りに回っていることから、北半球での小さな低気圧を含む巨大積乱雲であるスーパセルと考えられます。飛行船が東に進んでいるはずが北に進んでいた(低気圧の風に流された)こと、飛行船の高度が一定と仮定して「水銀柱がどんどん下がっている」という証言から低気圧の中心に向かっていることがうかがえます。雲の近くで登場人物が「向こうは逆に風が吹いている」「すぐそこに風の壁」と言っており、飛行船がスーパーセル北側に流されたと考えれば、スーパーセルに伴う反時計回りの東風に対して上空が西風になっていることと一致します。これらのことから、竜の巣は典型的なスーパーセルといえそうです。
 アニメ作品で描かれた雲や空を科学的に考えると、作品も雲も楽しめますね。

……なるほど。まだわからない。

ですので、今回は竜の巣について、本当に分かっていない私のようなド素人でも理解しやすくなるように、荒木さんの考察を元にさらに補足を加えてみることにします。そこで、先程の書籍の前作である『すごすぎる天気の図鑑』も読むことにしました。




では、順を追って文章を理解していきます。以下の文章から始めます。

「まず、竜の巣の雲全体が反時計回りに回っていることから、北半球での小さな低気圧を含む巨大積乱雲であるスーパーセルと考えられます。」

まず前半部分は後回しにして、「巨大積乱雲であるスーパーセル」とは具体的にはどういう状態の雲なのかを理解するために、「積乱雲」の定義から調べたほうが良さそうです。「積乱雲」の意味は名前の感じから何となく分かりますが、その「何となくわかったつもり」が危険な誤読を招くので、前述の書籍から意味を調べてみます。

同書によると、積乱雲とは簡単に言ってしまえば雷雲のことで、高い空まで成長した雲のことを指すそうです。さらに気象庁のウェブサイトによると、このような定義であるそうです。

積乱雲は、強い上昇気流によって鉛直方向に著しく発達した雲です。 雲の高さは10キロメートルを超え、時には成層圏まで達することもあります。 夏によく見られる入道雲も積乱雲です。 一つの積乱雲の水平方向の広がりは数キロ~十数キロメートルです。

積乱雲は、「大気の状態が不安定」な気象条件で発生しやすくなります。
「大気の状態が不安定」とは、上空に冷たい空気があり、地上には温められた空気の層がある状態です。
温かい空気は上へと昇り、冷たい空気は下へと降りようとするため対流が起きやすくなります。
地上付近の空気が湿っているときは、さらに大気の状態が不安定となり、積乱雲が発達しやすくなります。


※ただし『すごすぎる天気の図鑑』によると、入道雲は雲科学的には積乱雲ではなく、「雄大積雲」と呼ばれるものだそうで、成長すると積乱雲になると書かれていますので、専門家によって意見が分かれるのかもしれません。

「成層圏」とは、地上から10km~50kmに位置する空気の層のことで、有害な紫外線から我々を守ってくれるオゾン層が存在しているのもこの地点です。

文章だけではイメージしづらいと思いますので、『すごすぎる天気の図鑑』に掲載されている図を転載させていただきます。一番左が積乱雲です。


このように、積乱雲は下層から上層まで、かなり広い範囲に分布できる雷雲のようです。そのためtenki.jpによると、積乱雲は「下層雲」と言う分類に入るそうで、その名の通り、最も低い場所では~2000m付近に発生するそうです。(【十種雲形】雲は全部で10種類 見分け方を形や高さから解説!~下層雲編~より)

積乱雲が何か分かったので、「巨大積乱雲であるスーパーセル」の意味も既に理解は出来ますが、一応もう少し詳細を調べてみます。スーパーセルはALSOKのサイトによると以下のような特徴を持つそうです。

豪雨の原因は積乱雲です。中でも水平方向に巨大化した積乱雲のことを、スーパーセルと呼びます。ゲリラ豪雨発生の原因のひとつに、スーパーセルの存在が指摘されています。

(中略)

スーパーセルの内部では強い上昇気流が発生することで、渦が発生しています。積乱雲自体が回転することから、竜巻を引き起こすこともあります。

また、スーパーセルは寿命が長いことも特徴。普通の積乱雲が数10分で消失するのに対し、スーパーセルは数時間もの寿命を持ちます。スーパーという名称の通り、スーパーセルは非常に強力な積乱雲なのです。


つまりスーパーセルとは「水平方向に巨大化した非常に強力な積乱雲」のことだと言えます。しかも寿命が長いのであれば、長時間存在していても違和感はありませんので、ラピュタがその身を隠すにはピッタリの雲のようですね。また下層から上層まで広く分布できる雲ということなので、その内部に存在していたラピュタは、状況や目的に応じて高度を自在に上昇・下降させていたのかもしれません。

ちなみに以下の写真がスーパーセルの実際の姿だそうです。


スーパーセルの定義が分かったので、次は文章の前半部分を紐解いてみます。

竜の巣の雲全体が反時計回りに回っていることから、北半球での小さな低気圧を含む巨大積乱雲であるスーパーセルと考えられます。

「雲全体が反時計回りに回っている」と「北半球での小さな低気圧を含む」と言えるのは何故なのか?調べてみます。こちらは『もっとすごすぎる天気の図鑑』に書いてありました。以下、その部分です。

 日本付近の低気圧の渦は、時計の針と逆向きの反時計回りに巻いています。この渦の向き、じつは地球の自転が深く関係しています。
 北極にいる人がものを投げるとします。宇宙から見ると投げられたものは人からまっすぐ飛んでいますが、地球の自転と一緒に回っている人から見ると、ものが右に曲がって見えます。このように、北半球では地球の自転で進行方向の右向きに見かけ上の力が働きます。これをコリオリの力といいます。この力のため、低気圧の中心に向かう空気は右に曲げられ、低気圧は反時回りに渦を巻くのです。南極にいる人から見ると自転の向きは北極と逆で、南半球ではコリオリのカは進行方向の左向きにかかるため、低気圧は時計回りに渦を卷きます。
 コリオリのカは、排水口で水を抜くときにできる渦や竜巻などの小さな渦には効かず、低気圧など大きな渦に働いています。天気予報で低気圧の渦を見たら、地球の自転を感じてみましょう。

文章だけでは分かりづらいと思いますので、やはり同書に掲載されている画像を使わせていただきます。


というわけで、ここからはラピュタは少なくとも作中では北半球に存在していたことが分かります。おそらくですが、ラピュタ人の科学力を持ってすれば、ラピュタは南半球に移動した場合には竜の巣が時計回りになったのだと思われます。

次に、「飛行船が東に進んでいるはずが北に進んでいた(低気圧の風に流された)こと、飛行船の高度が一定と仮定して『水銀柱がどんどん下がっている』という証言から低気圧の中心に向かっていることがうかがえます。」という文章ですが、この箇所はさすがに難解な所はないと思いますので、飛ばしまして、次に以下の点を紐解いていきます。

雲の近くで登場人物が「向こうは逆に風が吹いている」「すぐそこに風の壁」と言っており、飛行船がスーパーセル北側に流されたと考えれば、スーパーセルに伴う反時計回りの東風に対して上空が西風になっていることと一致します。

この点についてですが、「上空が西風になっている」という箇所の「西風」とは何か?がやはり『もっとすごすぎる天気の図鑑』で補足されていますので、その箇所を引用します。

 向かい風で走るときつく、追い風だと楽に感じます。飛行機も同じで、強風に乗るとすごい速さで飛ベるのです。
 北半球の中緯度上空には、偏西風という西風が地球を一周回って吹いています。偏西風は冬に強まり、夏には北上するため弱まります。偏西風のうち、とくに風の強い部分がジェット気流で、その速さは時速400mを超えることも。イギリスの航空会社の旅客機が、2020年2月に大西洋横断時、ふつうに飛べば7時間弱かかるところを、ジェット気流に乗って5時間弱で飛行しました。その速さは、なんと最大時速1327kmに及んだとか。逆にジェット気流に逆らって飛行機が飛ぶと、約2時間半以上遅れることもあります。
(後略)

そしてこの偏西風も図で見れば分かりやすいと思いますので、同書に掲載されている画像を拝借し補足させていただきます。天気の図鑑様様です。


これを踏まえて、最初の画像を見てみましょう。赤線で囲った部分が重要な箇所です。


竜の巣の上部にある緑の矢印が西風の流れで、やや下部にある太い赤の矢印がタイガーモスの航路、さらにこのタイガーモスの航路を両脇で挟んでいる小さな赤い矢印がスーパーセルの回転の向きです。タイガーモスは小さな赤い矢印の流れ、つまりスーパーセルの反時計回りの風によって竜の巣の北側(画像の奥側)まで流されてしまったため、「」に吹いていた風を今度は「」側に受けるようになったことで、そこから見た緑の西風の流れ「」が「逆に吹いている」ように見えたということになります。


「偏西風」とは何かが分かりましたので、次は注釈文の以下の部分の意味を理解します。

※雲全体が反時計回りの回転をしており、北半球における低気圧性回転と考えられる。ドーラ氏は「貿易風をつかまえれば···」と発言しているが、おそらく中緯度における偏西風の誤り。たぶんテンションが上がって言い間違えた?

ドーラが間違えた「貿易風」とは何か?「日本埋立浚渫協会」のサイトによると、「北緯15度近辺と南緯15度近辺の上空を東から西へ吹く風」だそうです。文章だけでは分かりづらいと思いますので、ここでも同協会サイトから偏西風との違いも合わせて解説されている画像を頂きます。



画像を踏まえた上で、偏西風と貿易風の違いを文章で見てみましょう。

北緯45度近辺と南緯45度近辺の上空を西から東へ吹く強い偏西風は、北極・南極と赤道付近の温度差および地球の自転の影響によって起こる。偏西風そのものも南北の温度差が大きい。
 貿易風は北緯15度近辺と南緯15度近辺の上空を東から西へ吹く風で、こちらも地球の自転によって起こる現象。赤道付近を吹くため、南北の温度差はあまりない。


というわけで、貿易風は位置的に北半球には吹いていない&東から西へ吹く風であるため、ドーラは偏西風と貿易風を言い間違えたのでは?という説が成り立つわけですね。


さて、最後は上記の画像の周囲に書かれている文章についても説明します。画像左上にはこう書かれています。


ビューフォート風力階級による風力10(storm)→基本場の流れ(中層は西風)24.5~28.4m/s

「ビューフォート風力階級」とは、「ビル風対策 不動産環境センター」のサイトによると、こういう意味だそうです。

ビューフォート風力階級(ビューフォートふうりょくかいきゅう、Beaufort scale)は、風力(風の強さ)を、風速によりいくつかの階級に分けたスケールである。イギリスの海軍提督フランシス・ボーフォートが1806年に提唱した。ボーフォートは風力を0から12までの13段階で表し、それに対応した海上の様相についての表を作成した。その後、より客観的な風速と風力階級も対応付けられた。
この風力階級表は1964年に世界気象機関の風力の標準的な表現法として採択され、現在ではビューフォート風力階級といえば通常はこの世界気象機関で採択された風力階級表を指す。


そして風力10とは「根こそぎ倒される木が出始める。人家に大きな被害が起こる」強さであり、「24.5~28.4m/s」はそのまま風力10の風速を指しています。

次はその下にある文章。


タイガーモス号
針路98
速力40
※ゴリアテの風上側

これらは作中のドーラの台詞から分かることですが、では「針路98」とはどの方角なのか?以下、「海事代理士・行政書士 藤田事務所」のサイトにある船舶の針路解説図を頂きます。



というわけで、「針路98」はほぼ東に向かって進んでいる状態のようです。

では「速力40」とはどのくらいの速度なのか?「出光タンカー株式会社」のサイトによると、こうあります。

船舶の速力を表す単位はノット(Knot)を使用します。
1ノットは1時間に1海里(マイル)を進む速さです。
1海里(国際海里)=1,852m
1ノット=1,852m毎時となります。


タイガーモスは飛行船ですが、ドーラ一家は「空中海賊」という通称の通り、元々は海賊であったために速力の単位は船舶と同じ「ノット」を使用していたのだと思われますので、これを時速に換算しますと、「速力40ノット」は時速約74kmとなります。

次はその下の文章。


東進しているはずが、北進していた(夜明けが横から)
→メソサイクロン(雲内の小さな低気圧) に伴う気流によって流された

メソサイクロンとは何か?「晴ノート」というサイト(https://harenote.com/glossary/mesocyclone/)によると、「半径数km〜十数kmスケールの積乱雲(域)が低気圧性の回転運動をしているもの」とあります。つまりこの場合はスーパーセルの回転と解釈して良いようです。

そしてこれらの情報によって、タイガーモス号はラピュタに向けてほぼ東に向かって時速約74キロで進んでいたが、竜の巣に近づくに連れてその反時計回りの強烈な風の回転を知らず知らずにうちに受けたため、いつの間に北に流されていたという状況がかなり理解しやすくなったのではないでしょうか?

次の文章、竜の巣の真ん中にある「雲のなかでは放電が活発→霰や雹の多い環境か」は、難解なところはないので飛ばしまして、その下の文章に行きます。


中下層のメソサイクロンに伴うウォールクラウド(図鑑1/P23)

(図鑑1/P23)は前書『すごすぎる天気の図鑑』のことを指していますので、ここは飛ばして「ウォールクラウド」の意味を調べます。「FNNプライムオンライン」によりますと、ウォールクラウドは以下のような意味だそうです。

ウォールクラウドは、スーパーセルという巨大な積乱雲の一部と考えられます。ウォールクラウドの中では非常に強い上昇流と下降流が引き起こされていて、大雨や雷、突風、ひょうなどを引き起こすことがあるんです。特に、強い竜巻が起こる時は必ずこの雲が発生すると言われています。


要するに、この箇所は「竜の巣の内部はウォールクラウドと呼べる状態になっている」と述べているようです。

その右にある「『水銀柱がどんどん下がっている』→メソサイクロンの中心に向かっている」は特に難解な点はないので飛ばしまして、その右の箇所に行きます。


パズーがあおられた突風
→局所的なウィンドシア (風のずれ)

「ウインドシア」とは、コトバンクによると「水平方向や垂直方向に風向や風速が大きく変化すること」だそうです。パズーとシータの乗った凧はこれに強く煽られていたということですね。



と、いったわけで、説明は以上となります。これで分からない所はほぼなくなったのではないでしょうか?今回の投稿を読んでくださった方も、同じように理解できたことを願います。

それでは、荒木さんの考察を踏まえた上での当ブログの結論としましては、「ラピュタを覆い隠す竜の巣は、外側から見て不自然な自然現象に見えないように『スーパーセル』の特徴を持っている(と考えれば科学的にも整合性が取れる)。しかし実際には中心にラピュタが存在しているため、いわば”疑似スーパーセル”である」と解釈したいと思います。

雲研究者の方にかかれば、あのシーンもここまで科学的に解釈ができるというわけですね。荒木さん凄い!(加えて科学的に考察してもほとんど無理がない描写を作った宮崎監督も!)そして、この文章を最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!

では、本当の最後に、荒木さんが自ら「竜の巣の科学的考察」を説明した動画をご紹介して終わります。




追記


この投稿をフェイスブックに載せたことろ、気象予報士の増田亮介さんから興味深いお返事を頂きましたので、許可を頂いた上で掲載いたします。


増田さん、ありがとうございました!





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