2017/11/03

『風立ちぬ』は兵器好きな宮崎駿の「矛盾」に向き合うために企画された作品だった


戦争が嫌いな一方、その道具である戦闘機や戦車は大好きな宮崎駿監督。この点については気になっている方々も多いのではないでしょうか?実は、鈴木敏夫プロデューサーが著書『ジブリの仲間たち』でこのように仰っています。

 『風立ちぬ』は、僕が宮さんに提案した企画です。 宮さんは『ポニョ』が終わったあと、 零戦の設計者、堀越二郎を主人公にした漫画を描きはじめました。戦争を嫌い、戦争に反対する宮さんが、一方では戦闘機や戦艦、戦車への興味を持ち続けている。会議をしているときも、気がつくといつも紙の切れ端に戦闘機の絵を描いている。 この矛盾はいったい何なのか?いちどそこに正面から向き合った映画を作るべきだと思っていたんです。
 ただ、そのテーマと、お客さんが宮崎駿に求めるものとは違うということも分かっていました。お客さんが見たいのは、『ナウシカ』『ラピュタ』『もののけ姫』のような冒険活劇。 あるいは、『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『千と千尋の神隠し』 のようなファンタジーです。その期待をはずして、実在の人物をモデルにした戦争と飛行機の映画を 作るわけですから、何か補強してくれる宣伝材料が必要でした。
(後略)

『風立ちぬ』は、「戦争を嫌い、戦争に反対する宮さんが、一方では戦闘機や戦艦、戦車への興味を持ち続けている。」という矛盾について解消するために企画された作品でした。さすが鈴木プロデューサー。気になっていることに触れてくれたのですね。

さて、ここで疑問がわきます。この矛盾は『風立ちぬ』で解消されていたのでしょうか?少なくとも、「反戦だけど戦闘機が好きという矛盾」は作品のテーマではないはずです。では、描かれてはいなかったのか?私見ですが、間接的に描かれていると思いました。私は、『風立ちぬ』は「ただ美しいものを作りたかった職人」としての堀越二郎を描いているのだと思いました。「兵器」を作りたかった男ではない、当時美しい飛行機を作るためには戦闘機を作るしかなかった男の物語として描いている、と私は解釈しました。そして、宮崎駿が戦争の道具である戦闘機などに惹かれるのもそれが理由であると。宮崎駿は戦闘機や戦車が「美しい」から好きなのだ、兵器としては肯定できないけれど、「美しい」ものとして愛しているのだと。だから戦闘機や戦艦、戦車を書くのだと。

それでも、あれが「兵器である」という矛盾から解放されるとは思えませんが、これが作品中に描かれたひとつの答えだったのではないでしょうか?

ちなみに私は、この作品の堀越二郎は宮崎駿もまた投影されているだと感じましたし、『風立ちぬ』自体、様々な解釈を許す作品になっている気がします。皆さんはどうお考えでしょうか?

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