2018/04/16

知っておけばより楽しめる!『平成狸合戦ぽんぽこ』に出てくる「三長老」狸の物語


『平成狸合戦ぽんぽこ』にて、多摩にいる狸たちに招かれて登場した四国の「三長老」、屋島の禿、阿波の金長狸(六代目)、松山の隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)。

彼らはこの作品で創作された狸ではなく、実際に四国では名の知れた狸たちだそうです。今回はこの「三長老」のプロフィールを、書籍『ジブリの教科書8 平成狸合戦ぽんぽこ』の香川雅信さんの解説よりご紹介します。これでぽんぽこもより楽しめるようになること間違いなし!


屋島の禿

実は屋島に棲む狸の名は「禿」ではなく、「太三郎」である。太三郎は屋島山頂にある屋島寺の本尊のお遣いとされ、「蓑山大明神」として祀られている。四国の化け狸の総大将とも言われ、狸たちは屋島で修行を積み、化け狸となるのだとされている。

いっぽう「禿」は、高松市の中心部に近い番町二丁目にある浄願寺という寺に棲んでいた狸の名前であった。浄願寺の伝承によると、この狸は近所の貧しい老夫婦を助ける めに茶釜に化けて売られていったが、買った金持ちが毎日のように磨くので頭が禿げてしまい、痛さのあまり泣いていたところ、浄願寺の住職がお供えの餅を三つ与えてようやく泣きやんだとされている。「今泣いたん誰かいの、浄願寺の禿狸、お飾り1つでだあまった」という歌も伝えられているという。浄願寺では今も、この禿狸を「白禿大明神」として祀っている。

この「屋島の太三郎狸」と「浄願寺の禿狸」がいつしか混同されて「屋島の禿狸」となっていくのだが、それには幕末のころ阿波に実在したある一人のシャーマン(神がかりになって託宣や占いなどをおこなう宗教的職能者)が大きな役割を果たしたらしい。
(後略)

阿波の金長狸

阿波では「金長狸」が化け狸の代表格として知られている。徳島県小松島市の金長神社は、この狸を「金長大明神」として祀った神社である。もっとも「金長」 の伝説はそれほど古くさかのぼるものではなく、天保年間の出来事とされており、金長神社の創建も昭和三十一年(一九五六)のことである。 

天保十年(一八三九)ごろ、小松島のあたりの山間部におびただしい数の狸が傷ついて死んでいるのが見つかった。それからほどなくして、日開野村の狸が人に憑き、阿波の狸が津田浦(現・徳島市)の六右衛門狸と日開野の金長狸の二派に分かれて合戦をおこなったのだと語った。狸(が取り憑いたという人)の語るところによれば、決着がつく前に六右衛門は傷を負って死に、金長もまた病いに斃れたため、二代目金長と六右衛門の子が引き続き争っていたが、屋島の禿狸の仲介によって和睦したという。「屋島の禿狸」の話と同様に、狸に憑かれたという人が新たな伝説を語りはじめるというのが興味深い。

また、小豆島ナビというサイトによると、以下のようなエピソードもあるそうです。

江戸時代の末ごろ、日開野の染物商「大和屋」の主人である茂右衛門(もえもん)」が松の大木の前を通りかかると、大勢の者が大木の中に潜んでいた狸をあぶり出そうとしていました。かわいそうに思った茂右衛門はその者たちにお金を与えて狸を助けたのです。その狸の名は金長。恩返しをするために大和屋に移り住んだ金長は、守り神になって店を大いに繁盛させたのでした。

松山の隠神刑部

松山の隠神刑部の物語もまた、講談によって広まったものである。 享保の大飢饉に際して松山藩に起こったお家騒動の話を基に、幕末のころに『松山騒動八百八狸物語』という講談が作られた。細かい部分は講談師によって異なるようだが、 おおまかな筋は次のようなものである。
「八百八匹の狸たちの長、隠神刑部は天智天皇の時代から久万山(現・愛媛県上浮穴郡久万高原町)に棲む古狸で、藩主の先祖から刑部の位を与えられ、家中の者の信仰を受けていた。しかし、お家乗っ取りをたくらむ家老の奥平久兵衛は、飛騨高山の浪人後藤小源太を雇い入れ、その力によって八百八狸を味方につける。小源太は犬の乳によって育てられたため、犬の力を用いて狸たちを圧倒することができたのである。
これに対し、 江戸屋敷の忠臣たちは稲生武太夫という名の豪傑を呼び寄せた。武太夫は忠臣山内与兵衛の霊を宿した菊一文字の銘刀によって小源太を討ち取り、さらに宇佐八幡大菩薩から授けられた神杖の力で隠神刑部を下し、八百八の眷属もろとも久万山に封じ込めたのであった。」
 隠神刑部もまた、松山市久谷町にある山口霊神社に祀られている。ただその物語の大半は講談師による創作であると思われ、どこまで現地の伝承が反映されているのかは明らかではない。

さらにこの後、妖怪好きにとっては非常に面白い豆知識が展開されています。

なお、八百八狸を退治したという稲生武太夫は、備後三次(現・広島県三次市)に実在した人物である。三次藩士(のち広島藩士)で幼名を平太郎といい、寛延二年 (一七四九)、数え年十六の時に、毎晩のように現れる妖怪の脅威に一月のあいだ耐え抜き、ついに妖怪たちの棟梁山本五郎左衛門からその勇気をたたえられ、みごと妖怪たち を退散させたという逸話を持っている。この武太夫の話は『稲生物怪録』などの名で江戸時代から知られており、絵巻などにも描かれている。講談師はそれを踏まえて、 八百八狸の物語のヒーローとして武太夫を登場させたのだろう。

彼らは3人(匹?)ともに講談での創作や「狸に憑かれた」人たちの口から物語が語られているのが面白いですね。

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