2019/02/08

作品に描くことへのためらい…宮崎監督が語る『もののけ姫』とハンセン病


『もののけ姫』をご覧になった方はご存知だと思いますが、この作品にはハンセン病と思われる病を患った、全身包帯巻きの人々がタタラ場にて登場します。

彼らが登場したことについて、宮崎監督のどんな思いがあったのでしょうか?今回は、『もののけ姫』とハンセン病の関係について、宮崎監督が語った部分を抜粋してご紹介します。これは、2016年の「ハンセン病の歴史を語る 人類遺産世界会議」で、「全生園で出会ったこと」と題する講演を行った際のことだそうです。

以下、宮崎監督の言葉です。

今から20数年前ですけども、後に『もののけ姫』という映画になる、日本を舞台に時代劇を作る企画を立ち上げていました。

原作はもちろんないわけで、主人公が刀を下げた侍ではないとしたら、どういう形になるか。貴族でもなかったらどういう映画が作れるだろうかと。それで参考になったのは、一遍上人の時宗という宗教改革を描いた『一遍上人絵伝』でした。

それを見ますと、ありとあらゆる生業が出てきます。例えば、お寺・神社の周りには、乞食やハンセン病の人がいます。その他、得体の知れない、唐傘を差して一本歯の高下駄を履いている男たちとか、本当に不思議な人達がいっぱい出て来るんです。時代劇で見てきた世界とは全然違う、本当の民衆の姿が描かれているなと思いましたよ。

なんとかして、この人達が登場する映画を作れないか、と。

確かに『もののけ姫』には、一般的な時代劇に描かれるような人々はあまり出てきません。そんな人達を登場させようとすること自体、『もののけ姫』が既に「産みの苦しみ」を約束されていたような作品だということが分かります。以下、続きます。

で、たちまち行きづまりました。そうすると、ノートを持ってウロウロ歩き回るしかないわけです。そのうちに、家から15分のところにある「全生園」の前に来たんです。『一遍上人絵伝』の中にあったハンセン病の人達のことを考えると、そこで私が踵を返して帰ることは出来ないのではないかと思って、初めて中に足を踏み入れました。


なぜそれまで入らなかったのかというと、それは大変な、惨憺たる運命に生きている人達に出会った時に、自分がどういう顔をしていいか分からないという、恐れが大きかったからなんです。

冬の日でしたけど、全生園の裏の方から入っていきましたら、すごい桜の並木が見えました。桜の見事な巨木が実に生々しくて、衝撃を受けてその日はそのまま帰ってしまいました。 

それから何度か訪ねて行くうちに、資料館にも入ったんです。当時はまだ古い資料館(旧「高松宮記念ハンセン病資料館」)でした。療養所で使われていた、お金に代わる、ブリキで作った通貨など、色々な生活雑器が大量に保存されていました。大変な衝撃を受けました。 

そのあと、何度も資料館へ行くようになるんですが、その度に、”おろそかに生きてはいけない”という風に思いました。”おろそかに生きてはいけない”、というのは、今、自分がぶつかっている作品をどういう風に作るかということを、真正面からキチンとやらなければいけない、そういうことだと思います。 

実際、『もののけ姫』にはハンセン病の人も出しました。それは”無難な線”ではなくて、当時”業病”と言われたハンセン病を患いながら、それでもちゃんと生きようとした人達のことを、はっきり描かなければいけないと思ったんです。 

しかし、本当のことをいいますと、これを患者のみなさんが見た時に、どういう風に受け取るかということが、ものすごく恐ろしかったんです。平沢さんや佐川さんに見てもらうのがとても怖かったんです。でも、とても喜んでもらったんで、本当に僕は救われた思いがしました。

疎かにしてはいけないという使命感の一方、作品に登場したハンセン病を、実際の患者の方々はどう思うのだろうか?ここには作者ならでは、の葛藤が読み取れます。

最後に、この公演後の質疑応答で宮崎監督はこのように仰っていたそうです。

(インタビュアー)-作品の中にハンセン病の患者さんを登場させることに対しての迷いについて、お伺いしたいなと。それも含めて登場させた理由をお答えいただければと思います。

宮崎:主人公(アシタカ)は、村に突然やってきた「タタリ神」っていう、鉛の玉を打ち込まれた化け物から村の娘達を守るために闘うわけですけど、その結果、腕に大変なアザを持つことになった。そのアザは生きていて、コントロール出来ない力と、蝕んでいくものを持っている。非常に非合理なものを抱え込まざるを得ないという運命を主人公に与えたわけです。

それは、ハンセン病と同じなんですよ。ですから、そういう主人公を作ったり、タタラ場の人たちを描きながら、ハンセン病を出さないわけにはいかなくなったんです。その時、本当にためらいました。

でも、彼らに相談はしませんでしたから、映画を観てくれた時にどういう反応があるかっていうのは、本当に恐ろしい覚悟で作りましたので、さっき一緒に並んでいた方々が、映画を観て、とても喜んでくれた時には、本当に肩の荷が降りたような気がしたんです。でも一方で、それで安心していいんだろうかっていう思いもあります。

主人公のアザは完全には消えずに、映画は終わっています。そのアザと共に、主人公の少年は生きていく。

監督自身、ハンセン病を作品に登場させることへの「ためらい」があったと仰っていますが、文章全体を通して、ハンセン病を登場させたことへの”ためらい”が見えますね。それでも、作中で描かざるを得なかったハンセン病という病、私たちは作中で描かれる病のシーンを「作品を動かす装置」としては見てはいけないのでしょう。

そして、アシタカの腕にはわずかにアザが残ったまま物語は終わります。アザとともに生きていく、私たちはこの意味を噛み締めなければならないのでしょう。




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