2014/01/20

『天空の城ラピュタ』 ラピュタが滅びた原因は○○だった!


『天空の城ラピュタ』、作品内でパズーとシータがラピュタに辿り着いた時には、もはやラピュタには誰も住んでおらず、ムスカによると、700年前にラピュタ人は皆地上に降りたことが示唆されています。


なぜラピュタ人は700年前に地上に降りることを選択し、結果王朝はそのまま滅亡したのか?

ジブリ・ロマンアルバム『天空の城ラピュタ』の「ラピュタメモ」(著:亀岡修)には、ラピュタが滅びた直接の原因が説明されています。

700年前、城は突如封印され、ロボットは眠りについた。

(中略)

ムスカの家に代々受け継がれてきた古文書が、その謎を少し解き明かしている。
それによると、ラピュタ人はおよそ考えられる最高の富を持ち、
ぜいたくの限りをつくしていたが、正体不明の疫病に襲われた。
人はやせおとろえ、ささいな病気にも勝てずバタバタと倒れていった。
王はついに決意する。

「いずこかに得ん、死生の地」―――
『ラピュタ伝承』の最終章には、地上のどこかに降りたことが暗示されている。
かつて君臨した地上の人々の悪意を極度に恐れたラピュタ人は、
ごく限られた、たとえば金貨と身の回りの物しか持たず、
しかもひっそりと暮らすため目立たぬところを選んだのであろう。
ゴンドアの谷など最適だったといえる。

彼らがラピュタを離れた理由、それは疫病の流行でした。

正体不明の疫病により、一族の命運を地上での生活に託したラピュタ人。ムスカ曰く、ラピュタの王族は地上に降りた際に2つに分かれたそうなので、シータの一族はゴンドアに定住したのでしょう。

そして、シータやムスカがいるということは、ラピュタ王族は疫病では滅ばなかったということ。それでは、なぜラピュタ王族(特に飛行石を持っていたシータの先祖)は、疫病が癒えてもラピュタには戻らなかったのか?

ところで、病がいえて後、なぜ天上にもどらなかったのだろう。想像するに、かりそめの地面に暮らしてきたラピュタ人が本物の大自然にふれたときの衝撃はいかばかりだったろうか。それは億万の宝物にも勝るものだったのではないだろうか。

シータの語ったゴンドアの谷の歌にもあります。『土に根をおろし、風とともに生きよう。種とともに冬を越え、鳥とともに春をうたおう』

ラピュタには戻りたくないほどに、本物の自然、地上は魅力にあふれていた。ラピュタに存在した自然は、所詮紛い物、かりそめのものであった。ということでしょうか。

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