2025-10-20

次回作はSF!?宮﨑監督、『君たちはどう生きるか』の制作中にコロナに感染したスタッフの状況に興味津々


今回は、アニメーション映画プロデューサーの石井朋彦さんによる『君たちはどう生きるか』制作時に起こった、宮﨑監督のやり取りから見える監督の飽くなき探究心をご紹介します。


以下、その部分を抜粋してご紹介します。


石井:これはどこにも言っていないけど、今思い出した。『君たちはどう生きるか』の制作中に、別にお恥ずかしいって言っちゃいけないけど、コロナにかかったんですよ。しかもかなり初期の、まだ世の中がコロナがよくわからなかった時。

(中略)

石井:当時……新宿だったかな。アパホテルに隔離されるわけですよね。「10日間、これで安心だ。もうこれでうつさなくて済む」と。そうしたら携帯が鳴ったんですが、宮崎さんからなんですよ(笑)。「あっ、宮崎さんだ!」と思って。

工藤:(電話がかかってくることは)そんなにないわけですよね。

石井:たまにありましたけど、ないですね。それに出たら、うれしそうに「どう?」って言うんですよ。

工藤:「どう?」(笑)。

石井:(笑)。好奇心いっぱいなんですよ。つまり、社内で2人目か3人目のコロナで、しかも石井が今はホテルに隔離されているらしいと。「今、僕はたぶん6畳ぐらいのビジネスホテルの部屋にいます」と。

工藤:(笑)。なるほど。まず、そうやってお話しするんですね。

石井:そう。つまり、「いや、つらいです」とか……。

工藤:そうじゃないんだ。おもしろい。

石井:「大変です」とか、そんなことを宮崎さんは聞きたいわけじゃないんです。

工藤:聞きたいわけじゃないんですか(笑)?

石井:そうそう。いかに僕がいる場所がどうなっているかを知りたいわけです。だけど、なかなか表に出られないんですよ。「窓はちょっとしか開かないですね」とか。

工藤:(笑)。



コロナにかかった石井さんに興味を持った宮﨑監督。当時コロナはまだ未知の病気でした。興味を持つのは当然だったかも知れません。が…続きます。

石井:廊下も放送が鳴る時しか出られないし。でも、ちょっとおもしろい話があるんですよ。時間になると館内放送が鳴って、お弁当を1階のアパホテルのフロアに取りにいくんですが、ペッパーくんがいるんですよ。

工藤:接触しちゃいけないから。

石井:そう。それで、ペッパーくんが応援してくれるんです(笑)。

工藤:応援してくれるんだ。シュールすぎる(笑)。

石井:今はもう笑い話ですが、当時はペッパーくんの前で何度涙ぐんだことか。

工藤:そうか。当時はそうですよね。何が起こるかわからない。

石井:そうそう、本当に初期だったので。

石井:ちょっと忘れましたけど、お弁当を取るとペッパーくんが「国民の安全のために協力してくれて、みなさん本当にありがとうございます」と。

工藤:ペッパーくん、そんなことを言うんだ(笑)。

石井:そう。「体に気をつけて、一生懸命治しましょう」と。ほかにも入所者はいっぱいいるので、誰とも口を利いちゃいけないんです。

工藤:そうか。

石井:まだコロナになったばっかりだから、みなさんすごく沈痛な面持ちでした。

その話を(宮崎氏に)しようと思って「部屋数からすると、おそらくこのホテルには250人ぐらいの人がいると思います。誰ともしゃべれない、誰とも接触できないんですが、1階にお弁当を取りにいく時にロボットがいまして」と言ったら、突然宮崎さんが電話の向こうで「ロボットがいるのか!」と。

工藤:(笑)。

石井:「ロボットがいるんですよ」と。

工藤:「ロボットがいるんですよ」(笑)。

石井:「ロボットがちょっと慰めてくれて、お弁当を取って食べているんです」と。「お弁当の味はどうだ?」って言うから、「いや、悪くないです」とか言って。「で、どんなお弁当なんだ?」って、もう超具体的なんですよ。

「今日はハンバーグとエビフライ定食で、なんか『ホテルの食事が』とか言っていますが、おいしいですよ」みたいな。実は味覚はなかったんですが(笑)。

工藤:(笑)。

石井:そうしたら、その翌日もかかってきたんですよ。

工藤:またかけてくれた(笑)。

石井:「元気か?」「元気です、元気です」みたいな。「で、今日のお弁当は、どんなお弁当なんだ?」って(笑)。

工藤:(笑)。


宮﨑監督ディテールへの探求心がここにも垣間見えています。宮崎アニメにディテールの面白さが宿るのはこういう取材の結果なのかも知れません。続きます。


石井:だから、6畳一間のアパホテルの中で、いかに宮崎さんに楽しんでもらうためにしゃべるには、とにかく具体しかないんですよ。

工藤:具体しかないですね。気持ちの問題とか……。

石井:じゃないですね。「窓の向こうから何が見えます」とか、「たまたま今日エレベーターに乗った親子はおそらくお母さんと娘で、たぶん2人は狭い部屋で一緒にいるんだと思います」「そうか、それはかわいそうだな」みたいな。もう10日間、毎日。

工藤:毎日電話?

石井:毎日電話(笑)。

工藤:毎日、具体的に報告。

石井:(隔離されて)だんだん時間の感覚もおかしくなってくるので寝ちゃうんですよ。でも、電話がいつかかってくるかわからないから、しょうがないので宮崎さんからの電話だけ『ラピュタ』の「パッパー パラッパー パッパー パラッパー(※ラピュタのBGM『ハトと少年』)」という音にしておいて、そのラッパが鳴った時だけ起きて。

工藤:(笑)。

石井:それで「もしもし」と言ったら、「宮崎です」と。おかしかったのが、その後宮崎さんはイマジネーションが膨らんじゃって、「石井は今、ロボットに飯を食わせてもらっているらしい」という話をしていて(笑)。

工藤:(笑)。

石井:スタジオでは「隔離場所にはすごいロボットがいて、ロボットがお弁当を持って飯まで食わせてくれるらしい」って。

工藤:すごいな。

石井:「宮崎さんの次回作、SFになるかも」って(笑)。


ペッパー君の高性能さに驚いた宮﨑監督が次回作にそれを取り入れる可能性はゼロではないと思います(笑)。宮﨑監督にとって、石井さんのコロナ隔離体験は、まさに「現実からSFを創造する」ための最高のインスピレーション源だったのかもしれません。

このインタビューからは、宮﨑監督の好奇心と観察眼、そして他者の体験を面白く作り変えてしまう(笑)宮﨑監督の特徴があります。コロナ感染という「非日常」を体験しているスタッフの言葉一つ一つに、彼は物語のヒントや、人間心理の奥深さを感じ取っていたに違いありません。隔離された人間の心境、肉体の変調、社会との断絶――そうした生々しい体験談は、監督の尽きない想像力を刺激したはずです。

コロナ禍という異例の状況でさえ、その「アニメ作家」っぷりを貫いた宮﨑監督。彼のそうした人間性が、『君たちはどう生きるか』という映画に、単なるアニメーションの枠を超えた、普遍的で力強い生命を吹き込んでいるのだと強く感じさせられます。


さて、石井さんへのインタビューはまだまだログミーBusinessでは続いておりますので、興味のある方は以下のリンク先で元記事を読んでみてください。
https://logmi.jp/main/career/330721