2024-04-26

未登場となった幻のキャラも収録!『君たちはどう生きるか』の美術資料を収めた「THE ART OF 君たちはどう生きるか」


海外でも続々と好成績&高評価が上がっているジブリの『君たちはどう生きるか』ですが、この作品も過去の作品と同様に、宮﨑監督によって監督の脳内にあるイメージをスタッフに伝えるためのイメージボードが多数描かれており、それは『THE ART OF 君たちはどう生きるか』として書籍化されたものに収録されております。




この書籍には、宮﨑監督による構想段階でのイメージボードだけでなく、それを受けて作られたレイアウト、設定画、背景美術や、メインスタッフによるインタビュー、作品の全セリフを収録した台本などが収録されており、非常に盛りだくさんの内容となっております。

今回は、この書籍から宮﨑監督の手によるイメージボードを中心とした(個人的)見どころをご紹介します。


まずは眞人から。主人公だからか、特に完成された作品との乖離は見られません。

※クリックorタップで拡大できます。

しかし他の登場人物やキャラクターはと言いますと、完成された画とはやや異なっています。

以下は七人の老婆。この絵はガイドブックにも載っているものですが、よくよく見ていくと老婆の顔も映画とは少し違っていますし、下部に「あ、い、う、え、の4人が主役」と書かれており、完成品では一番目立つことになったきりこさんはこの段階では重要視されていなかったことが分かります。


特に顔つきの違いが分かりやすいのはこちらでしょうか。こちらはガイドブックには載っていないものですが、老婆たちはどこか不気味さを纏っています。


次は眞人が疎開先の街で見かける戦車たち。


なんだか小型で頼りげのない戦車でしたが、作画監督の本田雄さんによると、監督はこう仰っていたそうです。

宮﨑さんは、子供の頃、実際に戦車の行進を見たそうです。その戦車はあまりカッコよくなく、張りぼてが走っているみたいな印象で、こんなんで戦争に勝てるわけがないと思ったそうです。そこまで言うんだったらということで、宮崎さんにこのカットはお願いしました。ただ、戦車の迷彩模様がすごく大変で、影も付けなきゃいけない。どう描けばいいんだみたいな状態になって、えらく苦労していたみたいです (笑) 

次は眞人の父である勝一によって青鷺屋敷に運ばれてきていた零戦のキャノピー。


実はこちらも宮﨑監督の体験が元になっているそうです。以下、ハーモニー担当の高屋法子さんの言葉です。

零戦のキャノピーは、宮﨑さんが子供のときに疎開していた家に実際に運ばれてきたと言ってました。部屋に入ってきたキャノピーが虹色に輝いてまるで宇宙から来た光る繭のように見えたそうです。きれいで恐ろしかったので、それをここで表現したいって言われてどうしようかと(笑)。おそらくフレーム部分がガラスに反射してそういう風に見えたんだと思うのですが、とにかく難しいカットでした

眞人の父である勝一も宮﨑監督の父をモデルにしているそうですので、この作品はまさに宮﨑監督の自伝的要素が色濃い作品であることがここからも分かります。

ちなみに宮﨑監督の母である美子さんもヒミに似ているそうです。以前写真を見たことがありますが、髪型はほぼヒミと同じでした。美子さんは結核菌が脊髄に入ったことにより9年間闘病していたため、監督は幼少期に教育を受けた記憶が殆どないそうです。また、監督の父は美子さんと結婚する前にも奥さんがおり、その方は結核で一年で亡くなっていたそうです。

これらの情報を知った上で、眞人、久子、夏子の関係を見ると、この作品に監督が込めた思いが理解しやすくなるのではないでしょうか?その先に不慮の死が待っていたとしても「あなたを産めるのなら構わない」と運命を受け入れるヒミ(久子)と、主人公の母にそのような言葉を言わせた監督の意図。夏子を母として受け入れることに決めた眞人。

病弱だった美子さんですが、気の強い面もあったそうです。宮﨑監督作品に出てくる「強く元気な女性像」は、まさに母という存在に対する願望と投影なのでしょう。一方で、トトロに登場するサツキとメイの母や、風立ちぬの菜穂子の罹った病気は結核であり(サツキとメイの母ヤス子は映画自体の設定では「肺の病気」というぼかされ方をしてはいますが)、宮﨑監督の母の影響があるのはほぼ確実でしょう。

思えば、宮﨑監督作品に登場する「母」は、すでに故人か存在が希薄、母としての立ち位置が変則的と、いわゆる「優しく愛に溢れる母」はほとんど出てきません。ナウシカの母、パズーとシータの母はすでに故人、キキの母はほとんど出番なし(むしろ父との交流の描写が多いほど)、紅の豚は登場の必然性がなく、サンは捨てられ、アシタカの両親はおそらく故人、千尋の母とソフィーの母からは愛情を感じられず、宗介の母はある意味で一番母親らしい気がしますが、宗介に「リサ」と呼び捨てにさせたりと、何処か妙な関係性があり…と、宮﨑作品の全ての「母」には監督の母に対する思い、つまり基本的には印象が希薄であるが、一方で「母ではない女性のキャラクター」は心身共に元気な姿を描く=母にもそうであって欲しかった、という願望と投影が現れていると推測できます。


…本題に戻りまして、次は大叔父。映画の中では肖像画でしか見られない大叔父の中年期の姿があります。また下部にある老いた大叔父の姿は映画版とはかなり異なっています。


わずかなシーンにしか登場しない大叔父と家族の写真にもキチンと設定があることが以下のイメージボードからは分かります。


次はヒミのイメージボード。こちらはガイドブックにも収録されておりますが、『THE ART OF 君たちはどう生きるか』にある本田さんへのインタビューによると、実は当初は若キリコの役割はヒミが演じる構想だったそうで、このイメージもそれを反映したものであることが判明します。


Cパートでキリコが登場しますが、最初はヒミの予定だったのを描き直したんです。このイメージボードはそのときの名残の絵です。その時にヒミだったところがキリコに変わったので大きな変更だったと思います。でもヒミがそういう登場の仕方をすると、ヒミ主導で話が動いていく感じになってしまうので、それを避けるために、若いキリコにしたんじゃないでしょうか。【作画監督: 本田雄】


そしてここからは映画には未登場となった幻のキャラクターたちです。青鷺屋敷にいたお爺さんたちは3人でしたが、イメージボードの段階では4人描かれ、この段階で一人ボツになっていたことが分かります。(赤丸で囲った「のぞきジジイ」と書かれた老人。しかしのぞきジジイとはあんまりな通称…(笑))


最後は以下の謎の人物。なんだか武将っぽい出で立ちで、屋敷の「屋根神さま」と呼ばれる場所で弓を構えています。


このキャラクターのシーンは丸ごとカットされたそうですが、一体何者で、どんな役割があったのか?それは監督の頭の中にしかないようです。

参考までに、青鷺屋敷の全景を掲載します。画像の真ん中上部、屋敷の上に「屋根神さま」と呼ばれる場所があります。この人物はそれに関係する存在だったのでしょうか…?



以上となりますが、ここでご紹介したのは『THE ART OF 君たちはどう生きるか』の収録内容のほんの一部。まだ読んでいない方は是非読まれることをオススメします!




【こちらも併せてどうぞ】
【ひ、ヒゲがない!!!】宮﨑監督、『風立ちぬ』後の引退会見→撤回を反省していた